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10万の自衛隊
自衛隊、10万人態勢らしいです。



北沢防衛相は19日の記者会見で、東日本巨大地震の被災地支援にあたっている陸海空3自衛隊の要員について、菅首相の指示に基づく「10万人態勢」を18日に達成したことを明らかにした。19日午前11時現在の派遣規模は約10万6000人で、内訳は陸自約6万9000人、海自約1万6000人、空自約2万1000人。

 国内の自然災害に対する派遣規模としては、過去最多だった1995年の阪神大震災の最大時(約1万9000人)の5倍以上となる。



なんか、こういう風に具体的な規模を知ると、ほんとすごかったんだなぁ、と思います。
5倍って。

あと、陸自が、福島原発で頑張ってます。



緊迫状況が続く東京電力福島第一原子力発電所。自衛隊は、陸自中央即応集団(CRF)に所属する中央特殊武器防護隊(中特防)を中心に、被曝(ひばく)の恐怖と戦いながら、決死の作業を続けている。

 「原子炉への放水など訓練したこともないが、我々はその任を全うしなければならない。今が正念場だ」

 CRFの宮島俊信司令官(陸将)は、自らに言い聞かせるようにそう話す。

 「原子炉の冷却機能が喪失した」との連絡で、震災当日の11日夜、中特防を現地に送り出した。中特防は核や生物・化学兵器によるテロ攻撃などに対処する専門部隊。全勢力の約160人が、放射能漏れに備えて派遣された。部隊は13日から冷却用の海水をくみ上げ、原子炉格納容器に注入する作業を指示された。

 だが、14日午前11時過ぎ、3号機の原子炉建屋が水素爆発で吹き飛び、事態は急変した。

 「隊員が行方不明」。事故の知らせにCRF司令部(東京・練馬)は凍り付いた。事故は隊員6人がポンプ車2台と四輪駆動車に分乗して現場に着いた瞬間だった。爆発した建屋と車両との距離は20メートル。吹き飛んだ外壁のコンクリート片が3台の車両を直撃、6人は大破した車からはい出し、自力で避難した。隊員4人が足の裂傷などのけがを負ったが、「外壁の破片が1メートルずれて落ちていたら、とても軽傷ではすまなかった」と陸自幹部は振り返る。

 安堵(あんど)する間もなく、今度は原子炉建屋に対し上空からの放水を要請された。

 山林火災で慣れているとはいえ、原子炉上空には高濃度の放射線が放出されている。放水の際、隊員はヘリの中で腹ばいになり、中央の穴から目標を見定めなければならない。陸自は急ぎ、放射線を透過しにくい鉛板をヘリに敷き、17日午前に離陸した。

 CRF所属の第1ヘリ団(千葉)が、CH47ヘリ2機で計4回の空中放水を試みたものの、隊員が浴びる放射線量が多く、効果も限られていた。このため同日午後には、車両の中から放水できる特殊消防車による活動に切り替えた。

 隊員は戦闘服の上に粉じんやウイルスの侵入を防ぐ衣服を着用、その上から厚さ3ミリの鉛板が埋め込まれた約15キロの放射線防護服を着込んでの作業だ。

 放水目標は、3号機の使用済み核燃料一時貯蔵プール。「1号車命中」「2号車命中」。CRF司令部に次々と連絡が入る。

 約50メートルの距離から放水した17日に比べ、18日は10~20メートルにまで接近した。防護服を着ても防げる放射線は限定的で、中特防の隊員が化学防護車の中で被曝線量を測り続けている。陸自幹部は「隊員たちはよく頑張っている」と語る。想定をはるかに超えた過酷な状況下で、作業は続く。(編集委員 勝股秀通)



陸自、頑張れ! と、応援したくなります。
被曝の恐怖と戦いながら放水している、陸自はすごい。
自分だったら、逃走します。


それでは。

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